今日は「聖書はいつ読むの?」という疑問について、
聖書にどのように書かれているのか説明していきます。
このクリスチャンQ&Aシリーズでは、クリスチャンに関わる素朴な疑問から、
少しディープな問題、普段はなかなか聞きにくい内容…等について、
洗礼を受けて数カ月の筆者みずきが、ゆうき牧師に質問をしていき
聖書をもとにわかりやすく解説していくシリーズとなっています。
この記事の内容はYouTubeでも話しているので、よかったらYouTubeも見てくださいね!
取り上げて欲しい疑問や話題があれば、ぜひYouTube動画のコメントでリクエストをお願いします!
今日は、クリスチャンQ&Aということで「聖書はいつ読むの?」というテーマについて、
2021年に洗礼を受けたばかりのみずきさんと一緒に答えていきたいと思います。
「聖書はいつ読むの?」って、これどういう質問?笑
みなさん生活の中で、読書する人もいると思うんですけど、たとえば朝の通勤時間とか。
そこで聖書読んでる人見たことないなぁと思って。
クリスチャンっていつ聖書読んでるんだろう?と素朴に疑問に思いました!
確かに聖書分厚いし、聖書を普通に持ち歩いてる人見たことないね。
そういう人がいてもいいのにな~と思うけど、見たことないね。
ビジネスホテルとか泊まった時に聖書置いてませんか?引き出しとかに。
それを、ノンクリスチャンの時に見て
「クリスチャンって泊まった先でも聖書がないと駄目なんだ」と思ったんですよ。
「旅行先でも!?よっぽど常に必要なんだ」と思ったんです。なのに、読んでる人を見たことがないので不思議だと思って。
いつ読むの?って、確かにノンクリスチャンだったら思うよね、あんな分厚いの。
いつ何のために読むの?みたいなイメージですよね。
じゃあみずきさん、今だったらいつ読むと思います?
クリスチャンは聖書をいつ読んでいる?
クリスチャンになってからの自分個人のことで言うと、
リビングライフっていう、毎日決められた箇所を解説と一緒に読んでいくツールがあって、
それを毎朝読んでいます!
少しずつ読めるようになってて、それだと読むのも辛くないです。
読んだ後に祈ったりもします。
あと、夜寝る前とか時間が空いた昼間とかに、
自分が通読したい箇所を自分のペースで読んだりとかはしてます。
あの分厚い聖書開くの?
リビングライフは小冊子やWebサイトで読みます。
あと聖書アプリをつかって携帯で読むことが多いですね!
そういうツールを使うってことだね。分厚い本は使わない?
分厚いのは教会に来て礼拝する時に、先生が引用された箇所を開いて
「ここ今の自分に大事だな、響くなぁ」と思ったら線引くとかして使っています。
あとは聖書研究の時にも使ったりします。
なるほどね。じゃあ、話は戻って「いつ読むの?」という疑問に対して、
結論を言うといつでもOKです。でも、毎日がお勧めです!
結論 いつでもOK。でも毎日がオススメ!
「いつ読むのがいいの?」って聞かれたら僕は、毎日読むのをお勧めします。
3つの理由があります。
①聖書のことばは霊的な栄養だから
意味分かりますか?霊的な栄養って
栄養ってことは、取らないと空腹っていうか枯渇したりとか?
じゃあ、霊的って意味は分かる?
常に聖書の御言葉を読んでいかないと、
自分の中にいる聖霊が空っぽになっちゃうってことですか?
聖霊が空っぽになるの?
う~ん!どういうことだ??
分かる、何となく言いたいことは分かるけど、もうちょっとわかりやすく言うと…
肉的なもの、体の栄養に対してはパンとかご飯食べますよね。
食べないと枯渇してくるでしょう。
霊的っていうのは、見えない世界だから心とかそういうものです。
心も枯渇していくんです。人間には神の言葉が必要です。
心って言うと、例えば誰かから褒められたりしたら、気分良くなったりしますよね。
でも霊(魂ともいう)って、人ではなく神が満たしてくれるってこと。
イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」
マタイの福音書 4章4節
だから僕らはパンを食べれば生きられると思ってるけど、
さっき言ってた霊的な見えない心にも栄養が必要です。
イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者はどんなときにも、決して乾くことがありません。
ヨハネの福音書 6章35節
人生の中で、体は健康だけども眠れないとか、
体は凄い元気なんだけれども死にたい、辛いとかありますよね。
見えない世界で心が辛い。そうした時に聖書を読むと、元気になるっていう事実があります。
スポーツをしてリフレッシュしたり、友達と遊んだり趣味をしたりしたら、
一時的には満たされたように感じますが、やっぱり完璧には満たされないんですよね。
何か虚しさが後から襲ってきたりするかも。
特に聖書で言ってる罪っぽいこと、
例えば、お酒で酔っ払ってぐちゃぐちゃになったりとか、
自分の欲望にまみれて暴飲暴食したり、何でもやっちまえとなってくると…
その時は快楽なんだけど、その後の虚しさ、反動が半端ないですよね。
一時のごまかしに過ぎない、あとから罪悪感が来たりするでしょう。
その時に聖書のことばは、霊(魂)のバランスを取り戻してくれるということですね。
②神さまとの関係が深められるから
聖書は神さまの言葉なので、神さまがどういうお方かっていうのを知ることができます。
だから毎日必要です。パワーをもらうだけでは足りないんですよね。
たとえば、好きな人ができたらその人の気持ちって知りたいじゃないですか。
その人からパワーをもらうために結婚したり関わったりしないでしょ?
その人を知りたくて話し掛けに行ったりしますよね。
その人の過去のこととか、どういう考えを持っているのかとかを知りたいですよね。
神さまとの関係もそうです。神さまをもっと知るために、
私たちは毎日聖書を読んだ方がいいと思います。
③その日自分に語られることを体験するため
毎日読んでいくと、それこそリビングライブとかで自分で選んだ箇所じゃないのに
なぜかピンポイントで今の自分の状況に合ってるっていう時ありませんでしたか?
私のこと、どこからか見られてるのかな?って思ったりとかしますよね!
今まで僕の自分の体験とか、みずきさんの体験とか、色んな人の体験見ると
やっぱり神さまがそれをしてるとしか思えないタイミングで来るわけです。
それをクリスチャン用語で「語られる」っていいますね。
神様が自分に個人的に語ってくれた、だから読んで知識を得るだけじゃなく、
なぜかこの箇所がピンポイントで自分の魂にガンっと入ってきた!という時がきます。
これが「語られる」という体験。
パッと聖書をランダムに開いて読んでみたことあるって前に言っていたでしょう?
あれは悪くないけど、毎日続けちゃ駄目なんですね。それだと運だめしになっちゃうから。
自分でやってみて分かりましたが、
文脈がなく本当にピンポイントで自分の解釈になってしまう恐れはありますよね。
これをやっていくことについて、ある牧師が話してたんだけど
ある人が毎回そうやって聖書を読んで「凄いいいな。聖書」って思って、
パッパッパと読んでいったんだって。
ある時ユダが首を吊って死んだっていう箇所になった時に
「自分が死ねばいいってことのかな」「今日は死ねっていうこと?」と考えたそうです。
でもそれは、どう考えても違う。聖書の伝えたいメッセージじゃないですよね。
だから、文脈を無視して読んでしまうのはちょっと危険です。
その人は多分そこでは思いとどまったと思うんだけど。
サタンがそういうふうに聖書を多分使ったんだと思うんだよね。
なので、毎日教会で決められた箇所を読むとか、
リビングライフのようなツールを使うとかそういうふうにして読んでいくのがいいと思います。
まとめ
Q「クリスチャンはいつ聖書を読むの?」
A「一日の中でいつ読んでもOK、でも毎日読むことをオススメします」
毎日読む必要があるのは、霊的な栄養として、聖書の御言葉が私たちには必要であるから。
「神さまがどんな人であるのか?」とか「私たちに何を語っているのか?」は、
毎日少しずつでも読んで確認していって、
神さまがどんな方なのか知っていって、より関係を深くできるようにしていくのが大事
ということですね!
その通りですね。
是非皆さん「語られる」っていう体験したことのない人も多いと思うんですけれども、
一緒に毎日少しずつでも読んでみましょう。
聖書ってやっぱり分厚くて難しいので、YouTubeの3分メッセージという
短く解説しているのもあるので、そういったものに助けられながら
一緒に読んでいきたいなと思います。
また1人で今YouTubeで聖書を読んでいる人、1人ってなかなか続けるのは難しいです。
ダイエットもそうだし、色んなこともそうですけどね。
お近くの教会に行って一緒に聖書の同じ箇所を読むと、ペースメーカーにもなりますし、
先生から教えてもらったこととかで励まされたりもするので、
是非近くの教会に一度足を運んでみるのもいいのかなと思います。
また、今は携帯でアプリがありますから使っていただけるといいのかなと思います。
「聴くドラマ聖書」っていうのが無料で今の最新版の2017年の新改訳が読めますので、
僕は結構お勧めしています。
それでは、次回もまたお会いしましょう!
読んでいただきありがとうございます。このメッセージはYouTubeでもご視聴いただけます。