今回は「宗教があるから戦争が起こるのではないですか?」という疑問について、
聖書にどのように書かれているのか説明していきます。
このクリスチャンQ&Aシリーズでは、クリスチャンに関わる素朴な疑問から、少しディープな問題、
普段はなかなか聞きにくい内容…等について、
ゆうき牧師に質問をしていき、聖書をもとにわかりやすく解説していくシリーズとなっています。
この記事の内容はYouTubeでも話しているので、よかったらYouTubeも見てくださいね!
取り上げて欲しい疑問や話題があれば、ぜひYouTube動画のコメントでリクエストをお願いします!
今回はクリスチャンQ&Aということで
2020年12月に、札幌ガーデンチャーチの第1号として洗礼を受けた
吉田こうきさんをお招きして、色々な質問に答えていきたいと思います。
こうきさん、今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。今回の疑問ですが、
「宗教があるから戦争が起こるんじゃないですか?」という疑問ですね。
宗教があるから戦争が起こる?
僕がクリスチャンになってからも、
ノンクリスチャンの人に言われたことがあります。
宗教戦争って凄い矛盾した言葉だと思っていて。
教えとしては戦争っておそらく駄目なはずですよね、
みんなで幸せになるはずが逆に戦争を生んでいる。
例えば、キリスト教の聖地であるところを巡ってイスラエルとパレスチナが争ってたり
イスラム教の中でも、スンニ派とシーア派が戦ってたりとか。
それは無宗教の人たちからすれば、愚かしいように思うというのも分かるし
僕自身、ノンクリスチャンだった時も
「なぜ宗教戦争が起こる? 矛盾してないか?」っていう風に思ってたんですよね。
だから、ノンクリスチャンの方になんて答えるのが正しいのか
っていうのは、知りたかったですね。
なるほど。今だったら、なんて答えますか?
今だったらですね・・・
今、僕には息子がおりますけども
子供が大事ですから、子供を襲ってくる泥棒がいたら
僕は、戦うと思うんですよね。
そこでは泥棒と僕との間で戦いが生まれているわけですけど。
でも守らなきゃいけないものがあるから
守るべきものがある時には、戦いは起こることもあるっていうのは
自分が親になって感じています。
守るべきものがある時に、争いは起こる?
争いが良くないからって言って、子供がボコボコされているのを
黙って見てられないですし
それはもう明らかに相手のすることは正しくないんだから、
守るべきものがある時
戦わなきゃいけないことがあるとも思いつつ・・・
「果たして、それは本当に正しいのか・・・?」
と考えたり、葛藤しているというか、現状頭の中はそんな感じです。
なるほど。では、
「宗教があるから戦争が起こるのではないですか?」
っていう質問の答えについて。
逆に「宗教がなければ、戦争や争いが起こらないのか?」
どう思いますか?
起きますね。
そう、宗教が無くても、争いは「起きる」ということなんですよね。
ここから3つに分けて話していきたいと思います。
まず一つ目ですが、
「争いの根源は人間の自己中心性」から来るということです。
①争いの根源は、人間の自己中心性
「相手に腹を立ててしまう、許せない」
夫婦喧嘩や親子喧嘩とか友達との喧嘩で、こんなふうに思うことあると思います。
これら殆どの場合、宗教は関係ないんですよ。
実際、今世界で起こってる戦争が、全て宗教が原因か?
と言ったら違うんですよね。
中東の方ではもちろん宗教が関係していると言われていますが、
とは言っても、「政治的」なことが原因であることが多いですよね?
確かに、そんな気がします。
今、韓国と北朝鮮が戦争中なのは知ってましたか?
聞いたことがありますね。
実際に今、争ってるんですよね。
ただ、北朝鮮と韓国がイエス・キリストのこととか、
宗教・信教のことで争ってるとは、どう考えても思えないわけです。
やっぱり戦争の原因って、基本的には他にあるという風に考えられます。
なので、宗教が原因で戦争が起こるっていうのはちょっと飛躍してるんですよね。
次に二つ目、「宗教が戦争・争いにつながるケースがある」ということです。
②宗教が戦争・争いにつながるケースがある
十字軍、ホロコースト、イスラム過激派・・・
やっぱり、実際にあるんですよね。
でも、あれは教えの中に
「ジハードをすればバイパスになって天国に行ける」
みたいな教えがあるので
結構、教えの中で争いのことも出ているんですよね。
信仰を守るための争いは、逆にイスラム教では褒められるべきとしてます。
イスラムの神が喜ばれる、という意味です。
そういう教えもあるようなので、
どうしても彼らが守っているところに
侵略しようとすると、争いが起きるんだと思います。
信仰で争いが起きることがあるっていうのは
実際、避けられないことでもあるのかなと思います。
聖書では、争いについてどう書かれていますか?
聖書の中でも、神さまって戦います。
僕らが「神が戦うべきではない!」と言ったって、
神さまは愛に反することはしないですけど
でも、神さまは義なる方であり、主権者なので
神様は、正しい者を守るためには
悪者が罰せられる必要もあるんですよね。
争いまで行かなくても
罰するとか、戦うとかっていうのは必要ですし
守るべきもののために立ち上がるっていうのは
僕は必要だと思うんです。
でも、正解がない訳ですよね。
色々な人が自分の守りたいものがあります。
しかも、今の世の中は
自分の信じるものが正しいものっていう考え方もあるので
それをみんなが守ろうと思うと、一致できないですよね。
それがつまり、自分たちの正義同士がぶつかるってことですよね。
そういうことですね。みんな、それぞれの正義対正義みたいなことになります。
そこで、3つ目が
「自分が正しいという思いは、罪から来る。
その罪も含めてイエスさまの十字架、福音がある」ということです。
③自分が正しいという主張は、人間の罪からくる
神さまの正義は「はい、あなたは罪をおかしたので終わり」
って滅ぼすことはまずしないで、
それぞれの正義の矛先を私に向けろって言って
十字架にかかったんですよ。
みんなの義のぶつかり合いを、イエス・キリストが
「私が代わりに全部その罪のために死ぬから」
「これで、あなたたちの罪は赦すよ」
っていう神の愛です。
「私が責められるから、だから私に免じて一致してくれ」
っていう、イエスさまの十字架のメッセージです。
基本的には、神さまの愛によって赦していく。
でもやっぱり赦せない、愛せない。なぜなら私たちは完璧な神ではない、人間だから。
自分の正しさを主張してしまって、ぶつかるわけです。
これが聖書の言う罪です。
その罪も含めてイエス・キリストが
全部十字架にかかってくださった、ということですね。
イエス・キリストによって
神さまが代わりに赦してくれたっていうのが分かる人が、
相手を赦せるようになっていくんだと思います。
こうきさん、夫婦喧嘩はしますか?
夫婦喧嘩、しますね。
僕もします。戦争とか大きい話だけでなく、
自分たちの生活の中でも争いってあるんですよね。
それは宗教だけが原因ではありません。
結局は自分たちのエゴや罪から来るものであって、
宗教のせいにして逃げずに考えていく必要があると思います。
そうですね。
なぜ戦争が起こるのか?
自分たちの日常の中でもある小さな喧嘩などが、どうして起こるのか?
理解できました。ありがとうございます。
まとめ
Q 「宗教があるから戦争が起こるのではないですか?」
A 「宗教がなくなっても、戦争は無くなりません。
争いの根源について、聖書では人間の罪によって争いが起こるといわれています。」
戦争が起こるのは、宗教だけが原因じゃないということです。
もっと大きな意味では、自分たちのエゴや罪が争いを引き起こしているのです。
宗教が起こしてるんだっていうふうに逃げないで、
もっと根本的に僕らの生活レベルで起こっている争が一体何の問題なのか?
これは人間の罪から来るんだっていうところに
フォーカスを当てていくことが、もっと大事なのではないかと思います。
これからも、このようにちょっとディープな話も
Q&Aとして答えていこうと思いますので
感想やコメント、質問があればYouTubeのコメント欄からよろしくお願いします。
また次回お会いしましょう。
読んでいただきありがとうございます。このメッセージはYouTubeでもご視聴いただけます。