はじめに
今日は、「なぜ、仕事をするのか?」というテーマについてお話します。
あなたは「なぜ、仕事をするのか?」という質問に答えられますか?
「あなたは、なぜ、今、働いているのでしょうか?」
平成29(2017)年度に内閣府が行った「子供・若者の意識に関する調査」によると、若者が仕事をする目的は、ダントツで「収入を得るため(84.6%)」という結果が出ています。
2位は、「仕事を通して達成感や生きがいを得るため(15.8%)でした。
このように、私たちが「仕事とは何か?」ということを考える時、まず「お金を稼ぐこと」や「自己実現をするため」と言ったことを思い浮かべるのではないでしょうか?
これらは間違ってはいません。しかし、これらは手段です。
手段とは、何かの目的を果たすための道具です。
しかし、聖書を見るなら、仕事は単なる手段ではなく、それをすること自体に意義があるということがわかります。
それがわかると、外部のモチベーションでアップダウンしたり、生活のためだけにひたすら我慢して仕事したりせず、自分の仕事にしっかり意義を持って働く充実感が与えられます。
この記事は2020年に出版した「仕事と聖書」という本の内容が元になっています。もし、この本に少しでも興味のある人は、こちらからLINE友達か、メールマガジンの登録をしてください。
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「なぜ、仕事をするのか?」
前回に引き続き、聖書から3つの理由を紹介します。
今日は、その2つ目。
結論を一言で言うならば、仕事は神への礼拝行為だからです。
その根拠は、分厚い聖書の一番最初にある創世記という箇所の、これまた一番最初の方に書いています。
神である主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。
聖書(創世記2・15)
ここでの「人」はアダムとエバのアダムです。
なんとなく聞いたことありますよね?
神が造った最初の人間です。
神様が人間を造って、一番初めにしたことは、エデンの園において、「そこを耕させ、そこを守らせた」のです。
「地を耕し、地を守る。」
これはどういうことでしょうか?
地を耕すとは、字義通り、アダムとエバが住んでいたエデンの園の土地を耕して、開拓することです。
その時の食物は、植物や木の実だったので、仕事としての農業です。
守るとは、エデンの園を保護し、管理することです。この単語は、家畜を世話する時や、他の人を守る時にも使われます。
クリスチャンだろうが、なかろうが、ほとんどの人は、何らかの仕事をしています。なぜ、こんなにも、みんな一生懸命働いているのでしょうか?それは、そのように神様に造られたからです。
創世記2・15の「耕す」と「守る」という二つの原語であるヘブル語を見ると、広く使える単語なので、ほとんどの仕事をカバーします。農業でも、会社勤めも、主婦も含まれます。
続く創世記の3章に詳しく書かれていますが、アダムとエバが犯した罪によって、生活のために労苦しなければならなくなりましたが、本来、仕事は神様が人間に与えた、尊い役割だということです。
そして、この「耕す」と「守る」という二つの単語にはもっと深い、霊的な意味があります。ここに、なぜ、仕事が神に仕えることであるかという理由があります。
15節の、「耕させ」と訳された「アヴァド」というヘブル語は、祭司やレビ人、またイスラエルの民が神に仕える場面にも使われました。
神は仰せられた。「わたしが、あなたとともにいる。これが、あなたのためのしるしである。このわたしがあなたを遣わすのだ。あなたがこの民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で神に仕えなければならない。」
聖書(出エジプト記3・12)
そして、二つ目の「守らせた」と訳された「シャマル」というヘブル語は、「垣根をめぐらす、守る、保護する、遵守する」等の多様な意味を持ちます。これは、エデンの園に入り込むサタンの力からエデンの園を守れ、という意味にも読めますし、他の箇所では神の命令を守ることにも用いられます。
あなたがたは会見の天幕の入り口で七日の間、昼も夜もとどまり、主への務めを果たさなければならない。自分たちが死ぬことのないようにするためである。私はそのように命じられたのである。」
(レビ記8・35)
この「耕す」と「守る」という二つの単語の本質的な意味は、「神に仕え、神の命令を守る」ということです。
農地を耕すという単純作業であっても、私たちを造られた神に仕える事になるのです。
冒頭で紹介した2017年度に内閣府が行った「子供・若者の意識に関する調査」によると、若者が仕事をする目的は、ダントツで「収入を得るため(84.6%)」という結果でしたね。
聖書を見ると、仕事はお金を稼ぐ手段ではないということです。
そもそも、創世記でアダムはお金をもらわずに働いていました。
エデンの園には天然の金が潤沢にあったのです。
一つの川がエデンから湧き出て、園を潤していた。それは園から分かれて、四つの源流となっていた。
(創世記2・10-11)
第一のものの名はピション。それはハビラの全土を巡って流れていた。そこには金があった。
まあ、そもそもこの時代は貨幣自体がありませんでしたよね。
なぜ、お金がなかったのか?
お金で物を使う必要がなかったからです。
私たちは、お金を稼ぐために働きます。
それは、1万円札を額縁に入れてコレクションにするためではありません。
生活必需品を手に入れるために、使うためにお金を手に入れるんです。
しかし、創世記でアダムは果物の茂ったエデンの園で食べ飲み放題が保証されていました。
神である主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。
(創世記2・15-16)
神である主は人に命じられた。「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
アダムの周りには天然の金があって、食べ物をはじめとする生活必需品が神によって与えられていました。
しかしですよ。
彼は、農地を耕して、一生懸命、働いていたのです。
つまり、聖書を見るなら、本来仕事は、お金を手に入れる手段ではなく、神に仕えることが本質だったというわけです。
現代において、最低限の生活を送るためにはどうしてもお金が必要です。
お金のために働くことは、当たり前に必要です。
しかし、大事なのは、お金を稼ぐこと自体が人生の目的になっている人がいるということです。
貯めることが人生そのものになっている人。
たくさん貯め込んで、死んだという人も、みなさんが思っている以上に多いです。
私は、遺産相続を扱う銀行にいました。
貯めて貯めて、その後、どうしますか?
困らないように、もう少し貯めよう。
FIREするために一億円必要なんだ。
※FIRE(Financial Independence,Retire Early)とは、「経済的な独立」を果たすことをめざし、その成果として「早期リタイア」が実現する、チャレンジの総称です。
いいでしょう。
じゃあ、あなたは一億円貯めてFIREしました。
じゃあ次はどうする?
一億円じゃあ、利息も少ないので、もう少し遊べるお金が欲しいな。
そうですか。じゃあ、二億。まだ足りない?
OK。面倒なので、10億貯めました。
じゃあ何をしますか?
そもそも、あなたは働きますか?
お金のためにはもう働かないでしょう。
お金のために今までは嫌な仕事も我慢してきた。
これからは、好きなことをしていこう。
好きなことってなんだろう?
ここで初めて、仕事の本質が、お金を稼ぐことじゃなかったということがわかるのです。
この話はとても、幅が広いので、今後も取り上げます。
例えば、国がベーシックインカムを導入したら、人は働かなくなるのか?
億万長者が普通の人よりも熱心に働いているという統計データをどう説明するのか?
面白いですね。
まとめ
それでは、今日の話をまとめましょう。
なぜ、仕事をするのか?
聖書から3つの理由を紹介します。
今日は、その2つ目。
結論を一言で言うならば、仕事は神への礼拝行為だからです。
次回は、仕事をする3つの理由の3つ目「仕事は悪なのか?」について説明します。
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