最近では「アンガーマネジメント」と呼ばれる、「怒りをコントロールするスキル」を学ぶ人や研修に取り入れる企業も多くなってきました。
コントロール出来たら、どれだけいいかと思う「怒り」ですが、
聖書は、この「怒り」についてちょっと違った観点を示しています。
聖書は、怒ってはならない。なぜなら、相手との良い関係を築くことを妨げるからだと言っています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。
聖書(マタイ 5:22)
ここで、イエス様はショッキングなことを言っています。
「誰かに腹を立てたら死刑です」
怒って、誰かを「馬鹿」と言っても最高議会つまり、神の法廷で死刑。
「愚か者」と言ったらゲヘナ、つまり地獄行きです。
「おいおい、そんなこと言ったら、みんな死刑かよ」と思いますよね。
その通りなんです。
私たち人間が考える基準は、アンガーマネジメントでコントロール出来たらいいと思いますが、
神の基準は、コントロール以前に「誰かに腹立てた時点で死刑」です。
世の中の「怒り」に対する対処法と、聖書の「怒り」に対する対処法の違いは、その目的です。
世の中のアンガーマネジメントは、自分の負の感情をコントロールし、より良い人生を送ることが目的です。
つまり、焦点は自分自身目的は自分のメリット。
しかし、聖書の目的は相手との良い関係を気づくことです。
聖書は、怒りについて、常に他人との関係の中で語られます。
今日の箇所でも「兄弟に対して」と条件がついています。
これは、怒っても他人を憎むな、危害を加えるなと言う意味です。
つまり、焦点は相手との関係。平和を作り出すことです。
相手を憎み、良い関係を築こうとしないことは罪です。
どんな罪であっても、地獄行きだと言うのが、聖なる神の基準です。
しかし、イエス・キリストが私たちの罪のために十字架で代わりに処刑されたことを信じれば、どんな罪であっても赦されます。
決して、地獄には行きません。
もし、他人に怒りがあるなら、罪として認め、キリストの十字架の前に持っていきましょう。