幼少期の父親の不在は、自分が父親になる時の妨げになりえます。
男性の場合、将来、子どもを持つことを躊躇したり、父親としてどう振る舞えばいいかわからないという不安を覚えるケースが多いそうです。
パニックに近い強い不安を覚えることも珍しくないそうです。
また、奥さんを独占できないことで、子どもをライバルのようにみなしてしまい、見捨てられたという思いにとらわれ、夫婦関係が破綻してしまうケースもあるといいます。
女性の場合も、夫に対しても子どもに対しても過度に理想化した存在を求めがちになります。
完璧な男性はいないので、常に、強い失望や怒りを生み、結果として、誰よりも求めているはずの安定した家庭生活を手に入れにくくします。
「父親の不在」とは、死別や離婚などの不在だけでなく、長時間労働や単身赴任など家庭にほとんどいない状態や、家庭内での存在感が薄い状態も含んでいます。
大きな意味で、父親が不在だった人は、どうすればよいのでしょう?
聖書は、天の父なる神が私たちの父親となると言っています。
「私は主の定めについて語ろう。主は私に言われた。『あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ。
聖書(詩篇 2:7)
これは、ソロモン王の戴冠式において宣言されたことばと言われています。
「わたしが今日、あなたを生んだ」というヘブル語の原語を見ると、「父になる」 という意味があります。
直訳するならば、「あなたはわたしの息子だ。わたしが、今日、あなたの父になった」となるということです。
これは、私たちに対する父なる神のことばでもあります。
子供を持つときに、不安になったり、子供を拒絶してしまうなどの行動は、無意識に出てしまう反応に近く、根本的には対処できないレベルのものです。
しかし、天の父なる神が父となってくれることで解決します。
心が癒され、失っていたものを回復することができるからです。
神が完璧なお父さんとなってくれることを受け入れますか?
受け入れるなら、神様は言われます。
「今日、あなたの父になった」と。