「父親の不在」による子どもへの悪影響が深刻です。
今日は、対人関係での困難を取り上げます。
子どもにとって、母親との一対一の関係よりも、父親がいる三者関係の方が、コミュニケーション能力が向上します。
父親不在だと、母親と依存的で境界線の緩い関係を築く可能性が高く、大人になっても一対一の関係での独占欲が強くなったり、信頼関係が結びづらいので集団不適応になったりしやすいようです。
聖書は、たとえ父親不在でも、父なる神に従うことで、対人関係を学ぶことができると言っています。
それからイエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈られた。「わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください。」
聖書(マタイ26:39)
父親がいなくても、天のお父さんである神様を意識して生活することができます。
父親が不在だと、駆け引きやコントロールで、自分のしたいことに無理やり母親を同意させる癖が身についているかもしれません。
父親があまり家に帰らず、無関心で、権威のない場合もそうです。
なんでも自分がしたいようにすることができる場合、「したくないことでも他の人に合わせる」という対人関係で必要なコミュニケーションスキルが身につきません。
そんなときに、「天のお父さんは何というだろうか?」と聖書を開き、祈るならば、神の御心に従うことでこれらのスキルを身につけることができます。
キリストも、「できるなら十字架にかかりたくない」という自分の思いではなく、「父の御心」に従うことを選びました。
ここで、重要なのは、キリストであっても、ゲッセマネの園で血のような汗を流すくらい、葛藤したということです。
葛藤しながらも父に従うことが土台になれば、思い通りになることの多い母親との2人だけの世界が、思い通りになりにくい3人の世界へと広がっていくのです。
その結果、一対一だけではなく、たくさんの人との中でも自分を出せるようになっていきます。
もし、「一対一でしか安心して自分を出せない」なのなら、父なる神の御心を求め、従うことを心がけましょう。