鷹は長命な鳥で70歳くらいまで生きる。
しかし40歳くらいで大きな決断をしなければならない。
座して死を待つか、つらい決断をするか。
40歳の鷹はクチバシが下あごに届くほど長く、爪は鋭さを失い、羽もくたびれて、高く、遠くまで飛べない。
決断した鷹はクチバシを岩に叩きつけて自ら砕く。すると新しいクチバシが生えて来る。
新しいクチバシで今度は足の爪を一つひとつはぎ取っていく。爪が新生したら羽も1本1本抜き取っていく。
半年後、生え変わったタカは高く飛び立ち残りの30年を生きていく。
変わることには痛みが伴い、勇気を持って自らが選択しなければならない。
こんな内容です。実際、調べてみたところ、鷹はそんな生きないみたいで、内容はフィクションのようです。
でも、心に響くものがありますね。
聖書も、苦しみや試練は、自らを変えるチャンスだと言っています。
それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。
聖書(ローマ5:3-4)
ローマ書を書いたパウロは、苦難を喜ぶと言いました。
苦難を喜ぶ人なんて、普通ではありません。
人間関係が壊れたり、仕事で嫌な人と働く辛さ。
家族内のトラブル。経済や健康の試練。
普通は、悲しみ、落胆します。
しかし、一見、いやだなあと思える、苦難や試練にこそ、計り知れないメリットがあるというのです。
患難の中にあっても喜びがあると言うのは、感情を押し殺して悲しみを堪えろということではありません。
苦しい時に無理に笑おうとする笑顔がどれだけ、歪んでいるか私たちは知っています。
なぜ、苦難のなかでも喜べるのか。それは、神さまが患難を通して良いものを与えてくださると期待できるからです。
患難を通して私たちには、忍耐力が高められます。
どのような忍耐でしょうか?
どんな状況であっても、神が良い方であ李、私を愛してくださり、最善に導いてくださるという確信が強められるという変化が、自分の中に起きるのです。
筋トレをするときは、まず自分が持てる限界に近いくらいの重い負荷をかける必要があります。
僕もバーベルでスクワットしますが、その時が一番きついです。
吐きそうになります。
でも、負荷をかけていけば、もちろん休息は必須ですが、やがて筋肉は強くたくましくなっていきます。
苦難から三つのものが生み出されると聖書は言っています。
①忍耐
②品性
③希望
です。
苦難によって忍耐が鍛えられ、どんな状況でも神を信じるものは品性が備わります。
この品性とは、一朝一夕で備わるものではない、練り上げられた品性です。
自分は気づかなくても、周りが気づく類のものです。
最後に、苦難の中でも、希望が花を咲かせるのです。
つまり、苦難は希望に変わるのです。
今、苦難や試練を通っているとしたら、それは神様の導きだと信じましょう。
苦難に嘆き続けるだけか、それとも苦難を通して自分の信仰を成長させるのか。
これは、私たちの選択です。
成長を選ぶなら、神を信じて、じっと、忍耐しましょう。
時が来て、必ず、神の品性と希望が身につきます。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。