パナソニック創業者の松下幸之助氏は、友人にこう相談しました。
「どうも自分は最近、何となく寂しくて物事を悲観しがちになるのだが、これはどういうわけだろうか」
友人に「感謝の念がないから、そういうような寂しさに陥るんや」といわれて、反省したそうです。
聖書も、感謝を忘れがちな私たちの問題を指摘しています。
キリストは重い皮膚病を患った10人を癒されました。
しかし、その後キリストの元に戻って、感謝を表したのはたった1人でした。
15 そのうちの一人は、自分が癒やされたことが分かると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、
聖書(ルカ17:15-18)
16 イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリア人であった。
17 すると、イエスは言われた。「十人きよめられたのではなかったか。九人はどこにいるのか。
18 この他国人のほかに、神をあがめるために戻って来た者はいなかったのか。」
私たちは、神様の恵みを当たり前と思ってしまいがちだということです。
私たちは自分が辛いときは、必死に祈り求めます。
でも、祈りが答えられた後は、どうでしょう?
私たちは求めていた時と同じ熱量で、
感謝を伝えているでしょうか?
祈っているでしょうか?
意識して神さまを崇めているでしょうか?
しかも、感謝を伝えに戻ってきた1人は、サマリヤ人でした。
サマリヤ人は、他国人と書いてある通り、ユダヤ人とは違う神観を持っていました。
しかし、素直に感謝を伝えたのです。
私たちはどうでしょう?
たとえ、聖書の知識がいっぱいでも、たくさん祈っていても、礼拝に通っていても、本当に大切なことを見失っているかもしれないのです。
私たちがすべきこと。それはシンプルに神様に心から感謝することです。
時間をとって、思い返してみましょう。
今まで、答えられた祈り。
今、与えられている恵み。
一つずつ数えて、感謝していきましょう。