誠実さがなくても、仕事で成功できるでしょうか?
できます。
人を騙し、細かいところで不誠実な人でも、成功する人は多くいます。
いや、むしろそういう人が、出世しているようにも思えます。
しかし、人に影響を与えるような人物は、みな誠実です。
「マネジメントの父」と称された有名なピーター・ドラッカーは『マネジメント』という本でこのように教えています。
リーダーシップが発揮されるのは、真摯さ(Integrity)によってである。範となるのも、真摯さによってである。真摯さは、取って付けるわけにはいかない。・・・真摯さはごまかせない。
ここで、真摯さと訳されているのは、(Integrity)です。
これは、仕事に対して「誠実で、高潔で、信念をもってブレない姿勢」という意味です。
聖書の箴言というところに、アグルという人が人生の中で、もっとも大事だと思えることを神に祈りました。
それは「誠実な人生を歩めるように」ということです。
むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。
聖書(箴言30:8)
アグルは、神に2つのことを自分から遠ざかるようにと祈っています。
①むなしいこと(不真実)
ヘブライ語でシャーウェといい、「不真実」という意味があります。
神のことばに対して誠実に生きることです。
どう言うことかというと、例えば、聖書に「他人を赦しなさい」と書いてあれば、その通り、人を赦すことが神のことばに対して誠実に向き合っている人です。
聖書の言葉を聞いて、「確かに」と思っても、その通り実行するのは簡単ではありません。
だからこそ、アグルは、祈ったのです。
「神様、私はあなたの言葉の前で真実に生きれません。こんな弱い私には要求が高すぎるのです。助けてください」
神を意識しなければ、「誰もみてないし、みんなやってる」とどこかで不誠実でも許容してしまうものです。
しかし、彼は神の前で誠実であることを人生の基準にしたのです。
もう一つ、遠ざけて欲しいと祈ったことは、
②偽りのことば(嘘)
私たちが最も、制御するのが難しいのが口の言葉です。
アグルは口から出るあらゆる不必要な言葉を言うことがないようにと祈っているのです。
怒ったら、相手を傷つける言葉が無意識に出てしまいます。
言わなければよかったと後悔することもたくさんあります。
私たちの口は、人の秘密や陰口、噂話が大好物です。
また、そこには嘘が混じっている場合がほとんどです。
私は、陰口って本当怖いなと思ったことが何度もあります。
自分の噂がたった数人を介すだけで、事実と全く異なるストーリーが作り上げられていました。
たとえ、噂話を誰かから聞いて、誰かに話した人は悪意がなかったとしても、真実ではないことが少し入っただけで、話は変わっていきます。
小学生の時にやった伝言ゲームを思い出してください。
たった「昨日スーパーにたけしくんとかおりちゃんとけんじくんと行って、にんじんとキャベツと椎茸を買った」と言う言葉でも、5人目くらいではなぜか「スーパーでたけしくんとこうじくんとレタスとしいたけを買った」と、微妙に変わってしまいますよね。
これら2つを遠ざける祈りこそ、神と人の前で「誠実な人生を歩めるように」ということなのです。
しかし、問題は、どんなに頑張っても「不誠実な行動や、口から嘘」が無意識でも出てしまう弱さが私たち人間にはあるということです。
だからこそ、祈るのです。
しかも、アグルは人生をかけてこれらを祈っています。
二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。
聖書(箴言30:7)
私は弱いです。神様、あなたの助けが必要です。
この祈りこそが、誠実な証でもあるのです。