北海道の富良野にラベンダーを見に行きました。
紫の美しい色合い。
アロマにも使われる癒しの香り。
人間が手入れしているとは言っても、誰かがデザインしたとしか思えないくらい美しかったです。
聖書は、この世界は、創造主である神がデザインしたと言っています。
天は神の栄光を語り告げ大空は御手のわざを告げ知らせる。
聖書(詩篇19:1)
「天は神の栄光を語り告げ」とは、天、つまり宇宙の壮大さや緻密さは、神の栄光を表している。
つまり、神様の壮大さや緻密さを反映しているということです。
「大空は御手のわざを告げ知らせる」も、同じ意味です。
大空は、デザインした神の手があることを示すと言っているのです。
インテリジェント・デザイン論という思想があります。
「知性ある何か」によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとする考えです。
この考えは、デザイナーを神と断言せず、出発点はこの世の観察や研究です。
聖書信仰は、聖書が言っていることを事実として信じることからスタートするので、このデザイン論とはそもそも出発点が違います。
しかし、この世界を観察し、研究すればするほど、「知性ある何か」がデザインしたように思えるのは、わかる気がします。
それほど、この世は美しく、秩序が保たれているのです。
キャサリン・デイビスという人が作った賛美歌「万物は生きている」の歌詞にこのようなことがあります。
「主が定められた法則に従って、星はその軌道を回り、太陽も光を放つ」
天体の動きは、まるで何かに「従って」動いているようです。
神が、太陽の名を呼び、するべきことを教えられるからこそ、太陽や無数の星はそれに従っているのです。
偶然ではありません。
星・惑星の中にある電子。
魚の細胞の中の分子さえも神の命令に従います。
神様がお造りになられたすべてのものは、神への完璧な従順により、秩序を保っているのです。
ちょっと、空を見て見ましょう。
自然界が神様というデザイナーを賛美していることに気づくでしょう。
私たちも、それを見てそれをデザインされた神を賛美するのです。