はじめに
アダム・グランドさんの『GIVE&TAKE』によると、世の中には、3タイプの人間がいるそうです。
- ギバー(与える人)
- テイカー(受け取る人/奪う人)
- マッチャー(バランスをとる人)
この本の結論は、長期的には、ギバー「与える人」こそが成功するというものです。
与えることで短期的には自分のパフォーマンスが損なわれるように見えても、長期的に見るとそうした行動によって培った信用が人的、技術的なネットワークを形成し、自分の評判やチームとしての成果の向上の要因になります。
聖書でも、寛大に「与えること」が推奨されています。
聖書の中では「奉仕」「与える」「犠牲」「仕える」「捧げる」などという言葉がたくさん出てきますよね?
しかし、論理的にはギバーになることが成功の鍵であっても、誰にでも与え続けられる「本物のギバー」になるのは簡単ではありません。
与え続けていれば、燃え尽きたり、騙されたり、搾取されたり、支配されたり、裏切られたりします。
ここで失敗するギバーも多いと本にも書いています。
実は、聖書は、すべての人がギバーになれる秘密が描かれています。
それは、神様から、テイク(受け取る)することです。
相手に与えられる人は、何かをもっている人です。
失っても怖くない人です。
他人を愛せる人は、愛をたっぷり受けている人です。
他人を赦せる人は、自分が無条件で赦されていることに満足している人です。
2007年、バックパック一つで、NYを旅していた時、ブルックリン・タバナクル教会に訪れました。
その時のジム・シンバラ牧師のメッセージのCDを買って帰りました。
その後、何回も聞くことになりますが、その時のメッセージのタイトルは、「Receiving is first」受け取ることが先。というものです。
私たちの信仰は「Receiving is first」神様から受け取ることが先なのです。
今日は前回の「主の祈り」の続きで、後半の3つの要素を見て行きますが、これらはすべて神様から受け取る祈りです。
① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)
② 私たちの負い目をお赦しください(過去)
③ 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください(未来)
自分の必要をテイク(受け取る)祈りです。
神によって、必要が満たされて、私たちははじめて、人に寛大に与えることギバーになることが可能になるのです。
なので、今日のメッセージを聞いて、大胆に祈りましょう!
そして、神の祝福をたっぷりと受け取りましょう!
このチャンネルでは、聖書の終末預言シリーズという世の終わりについて聖書が何を言っているかだけにフォーカスを当てた動画や、人生に適用できる3分間の聖書のメッセージ動画をアップしています。聖書に少しでも興味のある方、人生を変えたい方は、チャンネル登録をよろしくお願いします。
3つの必要のための祈りですが、これから1週間ずつゆっくりみて行きます。
今日は、まず、現在感じている必要に対する祈りである、
後半の3つの要素(自分の必要)① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)
私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
聖書(マタイ6:11)
「日ごとの糧」とはなんでしょう?
「日々、生きるために必要なもの」です。
当時の背景ですと、第一に食べ物のことでした。
当時のイスラエル人の90%以上が貧困層でした。
この、「日ごとのご飯を、今日もお与えください」とは、今の日本人にはあまりピンとこないかも知れません。
2016年中に、「食糧の不足」が原因で死亡した者は15人です(厚労省『人口動態統計』)。
逆を言えば、日本人口の0.9999988%は一応、毎日食べるものにあずかれているということです。
各国研究者が共同で実施した『第6回・世界価値観調査』では日本は5.1%で、20人に1人の割合だが、飢餓を経験していると言われています。
人口の概数(1億2000万人)に乗じると612万人で、決して少数ではありません。
とは言っても、国民の50%以上が飢餓を経験しているルワンダやハイチなどに比べると、日本は恵まれていると言えます。
では、日本人は毎日の生活に全く不安や心配を持っていないのでしょうか?
そんなことはありません。
セキュリティ大手のセコムが毎年行っている調査によると、調査開始から9年連続で7割以上が「最近不安を感じている」と回答。
女性20~30代が最も多く、8割が不安を感じているという結果になりました。
今年の調査では、最も不安に感じていることは、
1位:感染症の拡大(新型コロナウイルス)(28.3%)
- 第9回「日本人の不安に関する意識調査」-9年連続で7割 …prtimes.jp › 調査レポート
2位:老後の生活や年金(22.8%)
3位:健康(17.1%)
でした。
コロナは、具体的に「健康」と「経済」の不安が大きいとされるので、実際に、日本人の70%が日々、「健康」と「お金」に不安を感じていることがわかります。
みなさんは、どうでしょうか?
つまり、「私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください」を私たち現代日本人に適用するならば、「私たちに、毎日健康と生活に必要なお金を与えてください」と解釈することができます。
みなさんは、このように祈っているでしょうか?
クリスチャンになったから、不安がなくなるわけではありません。
やっぱり、お金の心配はするし、健康を気にします。
将来のために、不安になります。
しかし、イエス様を信じている人の強さは、そのすべての必要を「祈る」ことができるということです。
あなたの願いを祈ってもいいんです。
もちろん、神様が私たちが経済的試練や健康的に苦しむことを許されることもあるでしょう。
しかし、だからと言って、貧困や不健康で苦しんでいるクリスチャンが、もっと謙遜で神のしもべだと断言もできません。
私たちは私たちの必要が与えられるように願ってもいいんです。
6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
聖書(ピリピ4:6-7)
7 そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
「神の平安」とは、シャローム。
・心の平安
・健康
・繁栄
・和解
です。
これこそが、神様が私たちに与えれるように祈りなさいと望まれていることです。
主の祈りの特徴は、神の御心、そして、自分の必要という順番でした。
なぜ、でしょうか?
私たちがまず、神様を見上げ、賛美を捧げることが私たちの祈りで1番大切だからです。
神様にフォーカスを当てれば、神様がどういうお方であるかを悟ることができるようになります。
そして、神がどういうお方であるかがわかれば、自分の必要が満たされることを信じて祈ることができるのです。
なぜ?
神は、完全な愛を持っておられる。
それは、父の愛。
その天のお父様が、私たちを愛しておられる。
子供が「飢えて」必要を感じているのに、無視する親がいると思いますか?
9 あなたがたのうちのだれが、自分の子がパンを求めているのに石を与えるでしょうか。
聖書(マタイ7:9-11)
10 魚を求めているのに、蛇を与えるでしょうか。
11 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っているのです。それならなおのこと、天におられるあなたがたの父は、ご自分に求める者たちに、良いものを与えてくださらないことがあるでしょうか。
つまり、自分の必要を求める祈りは、私たちが神がどういうお方であるかを信じているかに影響されているということです。
「神様は自分が苦しむようにされるのだ」
「神様は結局私から良いものを奪い去っていくのだ」
そういう風に考えているなら、子どものように、素直に求めることはできません。
みなさん、神様は私たちの必要を満たしたいと願っておられます。
私たちを心配してくださるのです。
あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。
聖書(1ペテロ 5:7)
アーメン!
ですから、経済の必要。健康の不安。将来の不安。心の渇き。絶望感、自分の問題、すべて神様に祈りましょう!
でも、でも、人生には、神様が私たちの必要の一切を満たしたいと思っておられるなら、起こるはずがない危機が起こります。
何で、こんなに経済で苦しまないといけないのか。
何で、病気が治らないのか。病気になったのか。
何で、こんなに自分の人生は残念なのか。
何で、心が渇くのか。絶望感を感じるのか。
神がいるなら、「なぜ、私の人生の問題が解決しないのか?」
もしかすると、神様が私たちを人生の荒野を通して、教えたいことがあるからかもしれません。
それは、「神だけに日毎の糧を求める」純粋な信仰です。
イスラエルの民の出エジプト
今から、3300年前、モーセという指導者によって、イスラエルの民は出エジプトしました。
奴隷から解放され、約束の地に向かったはいいものの、彼らは荒野で40年間もさまようことになります。
荒野とは、砂漠です。
水もなければ、食料もありません。
彼らは、どうやって40年間生活したのでしょうか?
当時、壮年男子だけで60万人、子供達や女性を加えると100万人をはるかに超える人数が、エジプ トから脱出して、荒野にいました。(出エジプト記12:37-38)。
こんな大群がどうやって荒野で生き延びることができるのでしょうか?
神が岩から水を出させ、天からマナというパンを降らせたのです。
ある時は、肉も与えました。
3 イスラエルの子らは彼らに言った。「エジプトの地で、肉鍋のそばに座り、パンを満ち足りるまで食べていたときに、われわれは主の手にかかって死んでいたらよかったのだ。事実、あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出し、この集団全体を飢え死にさせようとしている。」
聖書(出エジプト16:3-4)
4 主はモーセに言われた。「見よ、わたしはあなたがたのために天からパンを降らせる。民は外に出て行って、毎日、その日の分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを試みるためである。
ここで、重要なのは、「民が求めた時に、神様が答えた」ということです。
求めたら、その通りになったのです。
これが、今日のイエス様が教えられた主の祈りのポイントです。
まとめ
① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)
② 私たちの負い目をお赦しください(過去)
③ 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください(未来)
今日は、日々の必要を祈ってもよい、いやむしろ、積極的に祈りましょうということを学びました。
私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
聖書(マタイ6:11)
実際に、本当に、日々、祈ってますか?
祈ってないのに、与えられないのは、祈っていないからです。
みなさんの日々の必要は何ですか?
経済の必要。健康の不安。将来の不安。心の渇き。絶望感、自分の問題、すべて神様に祈りましょう!
神様は天を開き、マナを降らせ、私たちの現実と心を満たされます。