私たちの人生はテクノロジーの発達や経済成長によって、ますます便利になっていますが、労働自体はなくなっていません。
むしろ、コンピューターや技術を管理するために莫大な資金と、労働力が注ぎ込まれています。
2015年に行われた「仕事と生活についての国際比較調査」(英語表記Work Orientation)によると、37ヵ国のうち、仕事のストレスが最も多いのはベネズエラの26.1%であり、スペインが第2位、日本は18.7%で世界第3位です。
つまり、現代においても、日本は、国際比較上まぎれもなく長時間労働が多く、仕事のストレスも大きな国と言わざるを得ません。
厚生労働省の発表によると、自殺を含む労災請求件数数は1999年から10倍にも増加しています。
仕事は私たちの人生にいきがいを与える一方、時に叫びたくなるほど、過酷さを感じることもあります。
聖書は、神への叫びは、ちゃんと神に届くと言っています。
それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエルの子らは重い労働にうめき、泣き叫んだ。重い労働による彼らの叫びは神に届いた。
聖書(出エジプト記2:23)
「エジプトの王は死んだ」というフレーズは、モーセを殺そうとしてたファラオが死んだということ、つまり、新しい時代の幕が開けたことを示唆します。
しかし、イスラエルの民が置かれた状況は良くなるどころがひどくなっていきました。
彼らは、 理由は、課せられた「重い労働」のためです。
この「労働」という単語は、23節に2度も出てきます。
それだけひどく過酷な労働です。
労働の苦しみが4000年以上前から変わっていないのが興味深いですね。
注目すべきは、その次です。
彼らが叫んだ嘆きは、神に届いたと書いています。
24 神は彼らの嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
聖書(出エジプト記2:24-25)
25 神はイスラエルの子らをご覧になった。神は彼らをみこころに留められた。
ここで、二つのことを覚えたいのです。
①神は私たちの叫びは聞かれる優しいお方
神が「聞き」「思い起こされ」 「ご覧になり」 「みこころに留められた」 という、神を主語とする4つの動詞が出てきます。
これは、神様がイスラエルの民に大きな関心と深い憐れみを持っておられることを意味します。
同じように、神様は私たちのうめきや、苦しみや叫びを聞き、心に留められるお方であることを信じましょう。
②神は約束を守られる誠実なお方
神がイスラエルの民を救うために立ち上がられたのには、当時の民の信仰が素晴らしかったとか、彼らが良い人々だったからということではありません。
むしろ、モーセを認めずに、不平不満を言うだけの人々でした。
しかし、神はアブラハム、イサク、ヤコブという彼らの先祖と結んだご自身の契約を思い起こされるのです。
ヤコブの息子のヨセフもこの約束をしっかり握っていました。
ヨセフは兄弟たちに言った。「私は間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたがたを顧みて、あなたがたをこの地から、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」
聖書(創世記50:24)
ヨセフは、「必ず」という言葉を使っています。
私たちはどうでしょう?
神は私たちが現在味わっている苦しみ、人生の重さから来る重圧の叫びを聞いておられると信じているでしょうか?
いつかはわからなくとも「必ず」神は私のために立ち上がってくださると信じていきたいと思います。