「成功」といっても、人によってその定義はさまざまです。
ある人にとっては家族との時間。ある人にとってはお金。ある人にとっては地位や名誉と言った具合です。
もし、私たちが成功を手に入れたとしても、その先に待っているものは何でしょうか?
また、成功することが人生の目的だとしたら、望んだ成功を手に入れられなかった人の人生を、どう評価すれば良いでしょうか?
聖書は、成功はゴールではなく、成功によって与えられたものを、神様と人々のために使うことが大切であると言っています。
エジプトの王ファラオに仕えるようになったとき、ヨセフは三十歳であった。ヨセフはファラオのもとから出発して、エジプト全土を巡った。
聖書(創世記 41:46)
「エジプト全土を巡った」とは、やがて来る7年間の大飢饉に備えて、今の7年間の大豊作の時に、できるだけ多くの作物を蓄えておくためにエジプト中を駆け巡って仕事をしたということです。
ヨセフは、奴隷からエジプトのNO.2になった、あらゆる点で成功した人でした。
しかし、彼は成功した人生を楽しむことはせず、いやむしろ、その権力と、富と、立場を最大限利用して、一生懸命働いたのです。
神様が私たちに与えておられるもの、与えようとしておられることの目的を考えてみましょう。
神様はそれらのものを、神様と人々のために、あなたが用いることを願っておられるのです。 今日の祈り
主よ、私たちに与えてくださっている全てのものを感謝します。主よ、仕事や人生の成功をあなたと人々のために用いることができますように。イエス様のみなによってお祈りします。アーメン。
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